六時のサイレン

一人の帰り道で「好きだよ」

5月28日


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昨年、こんな記事を書いた。詳しくは上記記事に書いてあるのでだらだらと書くつもりもないけど今日だけは更新しようかな、と。

昨年の今日、息子が先天性の心疾患のため生後五ヶ月で亡くなった。今日は息子の一周忌。

この一年わたしは心の整理もつかずに毎日息子の写真を見てはため息をつき、仏壇の前に立っては息子に謝ってばかりで全く前を向けてない状態から外で聞こえる子供の声、電車で見るベビーカーに乗った赤ちゃん、テレビから聞こえる声も全部全部苦痛でしかなかった、うちの子も生きてたら同じぐらいの年齢だとか未だにどうしらいいのかわからない息子の服、おもちゃ(全然遊ばなかったけど)、使うことのなかった抱っこ紐、寂しくないように一緒に置いていた黒猫のぬいぐるみだとか、そういうのがわたしの心に纏わり付いて離れない。思い出にするつもりはないし息子はわたしの中で永遠に生き続けてくれてるけどやっぱり一年経とうが十年経とうが亡くなったという事実は変えられない。

息子は生まれて四日で一回目の手術をし、目を開けたのも生まれてから六日目だったし、しかもそれ最初に見たのわたしじゃないし。あとなかなか笑わなかった。でも初めで笑ってくれたときこんなに嬉しいことはないって思ったけど嬉しさのあまり全然写真撮れてないのは悔やまれるところ。

注射も薬も母親譲りかそれはもう泣く泣く、大切なことだってわかっててもかわいそうになってきちゃって「ごめんね・・」としか言えないのはあるあるだと思う。ミルクも口の中に管がはいってたからうまく飲めなくて結構時間かかったりしたなぁ、割と吐く子だったからその度に一回全部脈測る機械とかの電源を全部切って看護師さんと2人かかりで着替えさせて、子供は朝も深夜も関係ないってお母さんあらためて実感したよ・・で、やっぱり亡くなる前の姿はしばらく夢に出てきたくらいわたしにはきつくて皮膚はテープで繋がれてて心臓が見えてる状態で目も赤く腫れぼったくなってて、よくわからない機械がピーピー音をたててわたしの耳に入ってくるの、その時に担当医がわたしに向かって「このままだと〇〇くん(息子の名前)もしんどいままだと思います、最後はお母さんが抱っこしてあげませんか?」っていうんです。その現実がわたしの夢の中でループして亡くなる直前で目をさます。その夢がいつまでも呪縛のように離れない。

でも亡くなったあとの沐浴で綺麗にしてあげたとき息子の顔がすごく安心したような表情で、その表情を見た時にもう痛いことしなくていいんだよ、薬も飲まなくていいし口の中に管もはいってないからたくさん泣いても声が枯れることないね、よく最後まで頑張ったね、って言えてよかったなって思ってて。もちろん言いたくないけど、亡くなったいまわたしが息子に言える言葉はこれしかないなって・・

 

今でも呪縛のように夢に見るときもあるし、最初にも言ったけど子供の話を聞くのは今でも心が痛くなるし(人前では言わないけど)同級生がどんどん結婚して出産して行くのをインスタとかで見ると「どうして健康に産んであげられなかったのだろう」って思うときもあるけど、そんなこと思ったら五ヶ月間一生懸命生きた息子に失礼だし、今後はわたしも少しでも前を向いて息子に胸を張れるように生きていきたいです。

 

結局だらだらした文になるのはわかってはいたけど、最後に。

わたしにとって息子は自慢です、誇りです、最高にかっこういい息子です。

生まれてきてくれてありがとう

お母さんにしてくれてありがとう

次会うときまでにもっと笑う練習しておくんだよ!

 

空へ羽ばたき

未来(あした)を見よう

はじまりの日に